テンシンハマグリ通信

匿名で寄せられたいろいろな方々の寄稿文を中心に、オールジャンルで書いてます。(※ 編集長は、「表現に問題がないか」のみチェックし、独自の裏取りは行っていません。)

JR東日本の「イノベーション自販機」は失敗だったのか-その可能性を活かすために出来たかもしれない事

 2023年9月末をもって、JR東日本のエキナカを中心に設置されている「イノベーション自販機」の一部のサービスが幕を閉じた。
自販機自体も、順次撤去されていくという。
この「イノベーション自販機」はJR東日本グループのJR東日本クロスステーションが展開する飲料自動販売機で、他人に飲み物をプレゼントして、プレゼントされた側がスマホのQRコードをかざして飲み物を受け取るなどの機能があった。*1
また、スマホアプリを通して飲み物をまとめ買いしたり、定額を支払えば毎日飲み物が受け取れる「飲み物のサブスク」というサービスもあった。
この「新しい自販機」の登場は、一部の経済誌でも取り上げられ、私も先進的な取り組みとして注目していたが、情報通や新しい物好きという訳ではない「普通の人たち」にまで広く浸透することはなく、ポテンシャルを活かしきれずに、サービス縮小へと追いやられてしまった。
10月6日配信のねとらぼの記事「JR東の“タッチパネル自販機”がサービス終了、順次撤去発表で惜しむ声 終了の理由を聞いた」によると、担当者はこのサービス終了について、当社が定める機体運用年数に達することから、一定の役割を終えたという判断をしたと語っており、決してアイデアや取り組み自体が悪かったとは言っていない。
ただ、私の感覚では、イノベーション自販機の可能性を活かしきれなかった面はあると思うし、「一部の人」から「万人」にヒットするまでの臨界点を越えられなかったとも感じる。

 商品やサービスや技術を普及させるためには、それがヒットする臨界点を突破しなくてはいけない。
例えば、1990年代末に渋谷や原宿でICカード決済のシステムを導入したが、その時にはメディアで取り上げられたものの、使える場所が限られていることもあり、広く普及することはなかった。
ICカード決済が「不通の人たち」にも広く普及したのは、2001年にJR東日本のSUICAが登場し、2004年にSUICAが電子マネーとしてコンビニ等で使えるようになってからのことだ。(ビューカード会員限定で2003年に試験的に電子マネーサービスを開始していた。)
やはり、商品やサービスや何かしらのテクノロジーが一般に普及するには、臨界点と言うものがある。
イノベーション自販機についてはどうか。
私の観察では、「知っている人は知っているけれど、だれもが知っているわけではない」という印章を受けた。

 イノベーション自販機の可能性をもっと活かすため、例えばどんなことができただろうか。

 宣伝を積極的に行うというのは重要で、知名人が出るラジオ番組に番組内広告を出してリスナーにドリンクプレゼントをする、といったことができたかと思う。
(新しい技術は、視聴者・聴取者と出演者との親密度が高いラジオの方がテレビよりも受け入れられやすい傾向にある。)

 二つ目に、ドリンクプレゼントについては改良の余地があった。
私も、ネット上で知りあった人(住所地も本名も知らない)にイノベーション自販機でドリンクプレゼントをしたことがあるが、まずは相手に、acure passという専用アプリを入れてもらい、受け取り可能な最寄りの自販機を探してもらい、その中からほしい飲み物を選んで連絡してもらう必要があった。
こちらで勝手にコーヒーを選んでプレゼントしても、受け取った人が「私カフェインがダメなんです」とか「近くの自販機のラインナップにないんです」ということでは受け取ってもらえないからだ。
そこで、ドリンクプレゼントは、商品を指定するのではなく、アマゾンギフト券のように、「200円分プレゼント」とか「500円分プレゼント」ということにして、受け取った人が商品を選べるようにしたほうが良かったと思う。
専用のリンクから受け取り手続きを行うと、受け取った人にポイントが不よされて、そのポイントを使って数回にわたって飲み物をゲットできるという仕組みだ。

 また、人にもよるが、アプリをインストールすることに抵抗感がある人もおり、少なくともドリンクの受け取りに限っては、LINEなど、もっと普及率が高いアプリにQRコードを表示させ、専用アプリをインストールしなくても受け取れるようにした方が良かった。
そのうえで、イノベーション自販機をユーザーから他の人たちに広めてもらうため、プレゼントの送り主に特典があるキャンペーンを行っても良かった。

 イノベーション自販機は、自販機本体ではなくアプリの方に機能を搭載することで、後からアプリのアップデートで機能を追加していくことができた。
これからが楽しみ、というところでのサービス終了を、筆者は残念に感じている。
テクノロジーそのものにもアイデアは必要だが、テクノロジーを宣伝するアイデアやテクノロジーを活かすアイデアも必要だ。
JR東日本クロスステーションの担当者は、具体的な事は未定であるものの、今後も自販機を始めとする魅力あるエキナカづくりに取り組んでいくと語っているため、今後に期待したいところだ。

*1:2018年3月までは、JR東日本の子会社であるJR東日本ウォータービジネスが展開しており、その後同社は株式会社JR東日本リテールネットの子会社となり、2021年4月には親会社に吸収合併され、現在ではJR東日本クロスステーションの社内カンパニーである「ウォータービジネスカンパニー」が事業継承している。